おめでとうございます。

昨夜、広島カープの山本浩二さん野球殿堂入り祝賀パーティーに
参加させて頂きました。


王監督・長嶋監督・星野監督・原監督・徳光さん他、
蒼々たる方々と出会えて...


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ありがとう。

4月に入学した学生二人が、
相次いでスタイリストアシスタントとして内定。

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生きる意味

また月末を迎えた。


そう、スクールのエンディング。


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愛かな...?


先月末。



1ヶ月単位で運営してるスタイリストスクール、


4月の最終日(エンディング)が無事終わった。 

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原宿ロックンローラー(PHOTO)

で検索される事が多い...


ので


サービス☆


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教育の本質って...

DON'T TRUST OVER 30 !!!!




そんなやんちゃだった俺も、もう40歳...。




この春でファッション業界に早約20年、


そしてクリエイティブ系専門学校・スクールに関わり約15年…。





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バリ島

懐かしいバリ島の友人から電話がきた。



初めて訪れたバリ島に一撃で魅了され、脱サラ。

前回の日記でも触れたが、2000年〜2001年の春まで
バリの中心部クタ地区に移住し、ダイビングショップを経営してた。



現地の人々とのリアルなバリ島生活は本当に充実してた。

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社長リレー


100人の社長ブログ(http://syacho100.yaplog.jp/)関係者の皆々様、

本当に申し訳ありません...。


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11名の軌跡

ライブスタイリストスクール LiVE STYLiST SCHOOL
( 旧校名 OMNiS STYLiST SCHOOL )

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親愛なる第一期生 (07年度入学)
               〜 全11名の軌跡 〜
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■ 増島直人(MASU)
 Stylist 小池徹氏に内定・師事

■ 岡村美奈(アーレフ)
 Stylist 増田道子氏に内定・師事

■ 小坂真之輔(しんちゃん)
 Stylist YOSHI MIYAMASU氏に内定・師事

■ 藤田郁弥(フーミン)
 Stylist 伊達めぐみ氏に内定・師事

■ 黒澤匠(TAKUMI)
 Stylist 伊嶋和雄氏に内定・師事

■ 五十嵐勇太(U-TA)
 (株)インディードにてストックフォトのStylistとして活動中

■ 後藤泰治(THE-J)
 Stylist SHOHEI氏のアシスタント研修中

■ 前原めぐみ(メグチー)
 Stylist 伊達めぐみ氏のアシスタント研修中

※ 他3名は金銭的事情を含め、就職先検討中 (しっかり頼む…)


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生い立ち-入社

平成元年、春。


晴れて憧れのDCブランドメーカーに就職。

その会社は多くのブランドを持つメーカーで、
僕はその中の主力レディースブランドを希望していたんだけど
残念にも設立されたばかりのメンズカジュアルブランドに配属された。


しかも「マーチャンダイザー」(企画職)での内定だったのに
修行って名目で「営業職」となった。

不満だった...。



新人研修を経て、いよいよ入社初日。

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生い立ち



両親が離婚したのが、たしか僕が4歳の時だったと思う...。



兄と僕はお袋に引き取られた。


お袋はスナックで働いて僕たち息子ふたりを精一杯育ててくれた。





それでも、とにかく貧しかった。




パン屋さんに捨ててあるパンの耳、
ご近所の玄関から牛乳を拝借し空腹を満たしてた。




空腹を満たすその一身で、小学生の頃から様々なバイトをしてきた。



空きビン集め・皿洗い・土木作業・ビル清掃・引越屋・ティッシュ配り・テキ屋
バーテン・キャバクラのボーイ・カ◯ノのディーラー...。


数え上げたらキリが無い程の職業を体験。
(今思えばそんな経験がメチャメチャ役立ってます)






そして、飽きれる程グレまくった。



何度もパクられ、お袋を泣かしちまった...。




そんな中で僕を変えたのが高校生の頃に出会った洋服の販売という仕事。


地元(千葉)の商店街の小さなカジュアルショップだったんだけど、
洒落た?ブルゾンやジャケットなんかを扱ってて
そのデザインが良くも悪くも衝撃的で...。
(80年代に流行った、そう、吉川晃司さんが着てそうなアレ!)



当時の僕は、毎週日曜日になると原宿の歩行者天国に足しげく通う
ロックンローラーで、吉川さんジャケットがたまらなくダサく感じた。


何せこっちはキャロル永ちゃんヨロシクで
革ジャン・革パン・リーゼントが最高のファッションだったから(苦笑)。



それでも売り場に立てばゴテゴテ肩パットジャケットを
「おつ、似合いますねぇ〜」「最高っすよ!」なんて調子良く売りつけて...。



商品が入荷する度「このブルゾン、襟のカタチを変えれば格好良いのに...」

「このパンツ、俺ならもっと違うラインにするんだけどな...」なんて思ってた。





ファッションへの覚醒。





高校卒業出来たら当然「就職」って思ってたんだけど、
気づいた時にはもうファッションの世界にどっぷりのめり込んでいた。



独学で下手っぴなデザイン画を書いたり、嫌がる友達のコーディネートをしたり、
立ち読みで片っ端からファッション雑誌を読みあさり...。



どうしてもファションの専門学校に行きたくて、
あちこちのパンフをこっそり集めてた。





でも、お袋には言えなくて...。






あれは、忘れもしない高校3年生の冬。




お袋が突然通帳を見せて、こう言った。


「アンタが大学に行く事になったらと思って貯めてたお金だから」

「これ使って好きな学校行きなさい」って...。





気付いてたんですよ、お袋。



もう、嬉しくて嬉しくて。





がっつりリーゼントの不良少年も、流石に涙がちょちょ切れた...。






こうして19歳の春、念願のファション専門学校に入学。



地元から東京の学校への通学はちょっと無理があり、
入学と同時に品川の戸越銀座にほど近いアパートで一人暮らしをスタート。


築40〜50年は経ってると思われる木造の風呂ナシ四畳半。


家賃は光熱費込みで2万円。


共同ボットントイレの隣で陽も当たらない暗い部屋だった。


それでも、初めての自分だけの城は快適だったなぁ...。



アパートの隣は新築のお洒落な学生向けワンルームマンションで
「いつかきっとこんな家に住んでやる」って、ガキながらに思ってたっけ...。





おまけに学校のクラスメイト達もお嬢ちゃん・お坊ちゃんだらけ。


DCブームにバブルの前兆だった時代ですから。


やれギャルソンだ、やれゴルチェだなんて、毎日がファッションショー状態。



DCブランド社長の息子は家賃20万円の部屋だったな、そういえば。
(そのブランドは数年後に倒産)

俺のアパートの10倍の家賃...。
どんな部屋だったんだろう、一体...。


それに比べて僕と言えば毎日同じボロボロの革ジャンに穴だらけのジーンズ。


どう見ても今を時めくファッション学生には見えず...。



放課後、クラスの皆は毎日のように流行のディスコやカラオケへ。




金のない僕は夕方5時から夜中の2時過ぎまでバイト。


本当は服屋で働きたかったんだけど、飲食店を選んだ。


飲食店は賄いが出るんで腹一杯メシを食えるから...。



帰宅後、風呂が無いからちっちゃな流し台で髪を洗い、
タオルでゴシゴシ身体を擦った。

冬場はヤカンでお湯を沸かして...。



で、明け方まで課題制作...。






「絶対負けねぇっ」て誓ってた。





お袋の大切な大切なお金で通わせてもらってるんだからって、
寝る間も惜しんで夢中で勉強し、がむしゃらに働いた。




そんな甲斐もあってか、卒業制作のファッションショーで見事大賞を受賞。




主席で学校を卒業し、当時流行のDCブランドメーカーに
MD(マーチャンダイザー)として就職。





平成元年の春だった。



ビジネスマンとして、そして、クリエイターとしての出発点...。


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